BMW 840Ci

■これから価値が上がるネオクラシックカーの魅力に迫る【名車への道】
クラシックカーになる直前の80、90年代の車たちにも、これから価値が上がる車、クラシックカー予備軍は多数存在する。そんな車たちの登場背景、歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく企画「名車への道」。

松本英雄(まつもとひでお)

自動車テクノロジーライター

松本英雄

自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。『クルマは50万円以下で買いなさい』など著書も多数。趣味は乗馬。

高級スポーツ市場に挑戦した、希少なGTモデルだよね

――さて今回はついにBMWの8シリーズを見つけまして(笑)、それにしました。

松本:随分長いこと探してたね。

――V12の850iでも良かったんですが、今回は良さそうな840Ciが出てきたのでそちらにしてみたんですよ。

松本:いいじゃない。BMWのクーペって昔からとにかくエレガントなんだよ。635CSi(*1)は世界で最も美しいクーペとまで呼ばれていたからね。

――新しい8シリーズも出ましたしベストタイミングですね。あ、この車ですよ。キレイですねー。

松本:本当だね。内装も大事に乗られてた感じが出てるよ。こういう車は好きだな。

BMW 840Ci
BMW 840Ci

――早速いろいろと教えてくださいよ。

松本:この初代8シリーズは1990年から発売されているから、約30年前のモデルになるね。途中で840Ciを追加したりして10年間も頑張って生産していたんだよ。当時、二子玉川の高島屋辺りで見かけたけど、マダムや雰囲気のいいおじさんがよく乗っていたなぁ。

――エンジンは840CiがV8、850iがV12でしたよね?

松本:そうだね。850iは5L V12気筒で300馬力。840Ciは286馬力だね。こんな大きい2ドアクーペを作っちゃうぐらいだから、当時、高級スポーツカー市場に、本気で名乗りを上げたかったんだろうね。そうでなかったら12気筒なんて搭載しないでしょう。

――今考えても異色のBMWですもんね。まあ普通の人からしたら840CiのV8でもかなりハードですけどね(笑)。

松本:そうだね。SOHCの12気筒はフラッグシップの証しなんだ。当時、高級車を作るには不可欠だったシリンダーレイアウトなんだよ。でもそれから4年後にこの840CiをV8の4Lモデルとして発売したんだ。

扱いやすいユニットだし、なにより価格も大きく抑えられていてね。850iは約1500万円だったけど840Ciは最終型近くでは1000万円ぐらいだったからね。しかも馬力は286馬力、トルクは40Kg-mを超えていたから、GTマシンとして十分すぎるスペックだと思うな。

BMW 840Ci

――確かATも違いましたよね?

松本:よく知ってるね。そう、変速機は850iは当初4ATだったんだ。850CSiになってからは6ATだね。840Ciは最初から5速ATだったんだよ。V8とV12では滑らかさが違うからね。V8には5ATが必要だったんじゃないかな。

ちなみにこの個体は違うけど、初期の840Ciは92年から96年の4年間生産されていてね。この4Lはアルミブロックの内側にニカジルメッキ(*2)という特殊なメッキが施されているんだ。

これは元々ポルシェ 917(*3)のレーシングエンジンにも採用されていた技術なんだよ。その後初期のポルシェ 928にも使われてたかな。

――なんかこだわりがエンジン屋って感じがしますよね。

松本:BMWって基本は6気筒だと思っている人が多いけど、元々は4気筒がベースだからね。1気筒400㏄から600㏄の最良のキャパシティ黄金比を60年代から見いだしてひとつの方向性として脈々と設計していたんだよ。

――ふむふむ。

松本:4Lの840Ciはおよそ4700台が生産されたんだけど、ある意味高価な手法を取り入れてたんだ。840Ciも最後の3年間はMインディビジュアルモデルがあってそれはV型8気筒だけど4.4Lなんだ。

――ということはこの車は4.4L?

松本:そうだね。96年からの840Ciだね。出力は4Lと変わらないんだけど排気量が増えた分42.8Kg-mとトルクがあるんだ。出力を見比べるとわかるけど、840Ciは初期の4Lの方がチューニングの度合いが高いから、扱いやすいのは4.4Lの方だと思うよ。

――デザインも奇抜ですよね?

松本:そうだね。この8シリーズのデザイナーはクラウス・カピッツァ(*4)というドイツ人デザイナーなんだ。元々はレーシングデザイナーだね。個人的な推測ではi3の原型も彼が考えたんじゃないかと思ってる。

彼は小型でリアにエンジンを積んだシティコミューターを実際に作っていたからね。様々な才能があったことに間違いはないよ思うよ。

――これは名車の匂い、しますよね?

松本:840Ciも850iもそうだね。いまM850を作れたのもこの初代8シリーズがあったから。やっぱり最初のモデルというのは一番偉いんだよ。
 

BMW 840Ci
BMW 840Ci

■注釈
*1 635CSi
初代の6シリーズ。当時のBMWのフラッグシップであり、その美しいシルエットで世界中の車好きから称賛を受けた。

*2 ニカジルメッキ
BMWが二輪でも使用している特殊なメッキ。通常よりも硬く、摩耗に強いためレーシングモデルなどの高性能モデルに使われてきた。

*3 ポルシェ 917
ガルフカラーがトレードマークのレーシングモデル。1969年に製造され、多くのレースで活躍し、その存在はまさに伝説に。

*4 クラウス・カピッツァ
BMWで活躍するドイツ人デザイナー。主な代表作としてフォード時代にはカプリⅢやエスコートなども手がけている。
 

BMW 840Ci(初代)

1990年から1999年まで製造されたGTモデル。V12の850iを発売したあと、94年にV8エンジンを搭載した840Ciを追加。850iも6ATを積んだ850Ciに進化する。この8シリーズをベースにしたM8も計画されていたが、商業的に厳しいという理由で中止になっている。
 

文/松本英雄、写真/岡村昌宏
 

※カーセンサーEDGE 2019年8月号(2019年6月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています