「目的地」は必要ない。81年式の原始的なスズキ ジムニーがもつ魅力
2020/11/11
車の数だけ存在する「車を囲むオーナーのドラマ」を紹介するインタビュー連載。あなたは、どんなクルマと、どんな時間を?
やって来たのは、見慣れない“プリミティブ”なジムニーだった
最初、排気音だけを聴いたときは「2ストエンジンのオートバイが来たのかな?」と思った。
話が長くなるので細かい説明は割愛するが、2スト(ツースト=ツーストローク)というのは、今ではオートバイにも四輪車にも新車用としては採用されていない、古風なエンジン方式。「パンパンパンッ!」というような排気音が特徴だ。
だが約束の場所に現れたのは同じ2ストでもモーターサイクルではなく、550ccの2ストロークエンジンを搭載した四輪車、1981年式のスズキ ジムニーだった。
持ち主は、フリーランスライターの佐藤旅宇さん。3人の子供の父でもある。
以前から大の車好きではあった佐藤さんだが、どちらかといえば、平行して嗜んでいたモーターサイクルの方が“本職”で、フリーランスとして独立する前はオートバイ専門誌(と自転車専門誌)の編集者をしていた。
そしてプライベートでも「バイクで行くソロキャンプ」などを堪能していた佐藤さんだったが、3人の子の父となると「自分ひとりで遊びに行ける時間」というのは事実上ゼロになった。
そのため「子供と一緒に乗ることができて、なおかつ自分自身も楽しめる乗り物」が必要となった。
だが、当時も今も所有している一般的なSUVは確かに便利なファミリーカーであることは間違いなかったが、「純粋な楽しみのための乗り物」としては、明らかに不適格だった。
そんなとき、ひょんなきっかけでこのスズキ ジムニー(SJ10型)を手に入れた。
入手時の走行距離は「7万kmちょい」だったということで、この年式の車としては“超低走行物件”だといえる。
だがその中身というかメカニズムは、あまりにも原始的だった。
走行中は絶え間ない振動が乗員を襲い、2ストロークエンジンの爆音とロードノイズ、遠慮なしに進入してくる風切り音などは、「それはそれで楽しいのですが、1時間も運転しているとさすがに嫌になります(笑)」というレベル。
当然ながらエアコンやパワステ、ABSなどという文明の利器は付いておらず(ヒーターはギリギリ装着されているが)、そのため、妻はこの車に乗りたがらないという。
だがそんな、カッコよさげに言えば「プリミティブな」、現実的なことを言ってしまえば「遅くてボロくて不便な」車である1981年式のスズキ ジムニーは、佐藤さんと次男すばる君にとっては「ある種のスーパーカー」になった。
近所を運転するだけで、エンターテインメントになる
すばる君には生まれつき重度の知的障害があり、同時に自閉症でもある。そのため、「親子で電車に乗ってどこかへ遊びに行く」というのは実際問題、なかなか難しい部分もある。
どこかへ遊びに行くなら自家用車で――というのが佐藤家の主なスタイルとなるわけだが、しかし佐藤さんもライターとして多忙を極めている。
そのため、「まとまった休みを取って家族と一緒に車で旅行にでも」というのは簡単ではない。となれば、すばる君には(もちろん佐藤さんにも)「遊びに行けない」というストレスがたまる。
だがそれを解決したのが――と言ってしまっては言葉が軽すぎるだろう、「ある程度解決する一助となった」のが、この原始的なスズキ ジムニーだった。
ちょっと空いた時間、すばる君をジムニーの助手席に乗せ、佐藤さんは走り出す。
行き先は、どうってことのない場所だ。例えば、車で10分ぐらいの距離にある近所のマクドナルド。
マクドナルドまでの道すがら、ジムニーでの疾走を大いに堪能し(といっても、妙に疾走感を感じるというだけで、実際は50km/hも出ちゃいないのだが)、ドライブスルーでハンバーガーを買う。そして車内でふたりしてそれを食べながら、ちょっとだけ遠回りして、家に帰る。
もしも現代のSUVで同じことを行ったなら、それは「単なる買い物」だ。
だがそんなシンプルな行動も、前述のとおり「走行中は絶え間ない振動が乗員を襲い、2ストロークエンジンの爆音とロードノイズ、遠慮なしに進入してくる風切り音など」を伴う81年式ジムニーで行えば、「冒険」になるのだ。
「まぁ冒険と言われるとちょっと大げさかもしれませんが、素晴らしいエンターテインメントであることは確かです。とにかくすべての感触が極端にダイレクトですので、速度を上げないでも本当に楽しいんですよね」
そして速度を上げる必要がないどころか、「目的地」すらも必要ないと、佐藤さんは言う。
「普通の車というのは、主に『どこかへ行き、何かをするため』に存在しているのだと思います。でもこのジムニーって、別にどこかへ行く必要はないんですよ。極端な話、家の周りをちょっとぐるっと走るだけでも十分」
「それも毎日じゃなくて、たまにでいい。たまに、意味も目的地もないまま少し走るだけで十分楽しいという意味で、この車はスーパーセブンとかロータス エリーゼとかの、ああいったスポーツカーに近いのかもしれませんね」
確かにそうだ。いやそれどころか、このジムニーの使われ方は「スーパーカー」のそれとも酷似しているように思える。
現代の700ps超級のスーパーカーと諸性能を比べるなら、1981年式のスズキ ジムニーは「比べる以前の問題である」というのが実際のところだ。
しかしこのジムニーの“本質”は、まごうことなきスーパーカーなのだ。目的も意味もなく、ただそこに在るだけで尊いという。
そして乗員と、見る者を笑顔にするという部分においては――もしかしたら数千万円級のスーパーカーをも上回る“性能”を、この2ストロークエンジンの軽自動車は有しているのかもしれない。
佐藤旅宇さんのマイカーレビュー
スズキ ジムニー(SJ10型)
●購入金額/秘密
●年間走行距離/約5000㎞
●マイカーの好きなところ/現在では二輪も含めてほぼ搭載されることのない2ストロークエンジンを搭載し、ダイレクトな乗り味を楽しめるところ
●マイカーの愛すべきダメなところ/あらゆる部分の作りが繊細で耐久性が低いところ(約40年前の軽自動車なので)
●マイカーはどんな人にオススメしたい?/スピードを出さなくても「ぶっ飛ばしてる」感じを味わいたい人へ
自動車ライター
伊達軍曹
外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ネタ」を得意としながらも、ジャンルや車種を問わず、様々な自動車メディアに記事を寄稿している。愛車はスバル XV。
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