▲もしかして同時期の英国車やイタリア車よりも美しいのでは? とも思える往年のいすゞ製乗用車。ぜひそれを普段づかいしてみたいものだが、メンテナンスや部品供給の問題はどうなっているのだろうか? ▲もしかして同時期の英国車やイタリア車よりも美しいのでは? とも思える往年のいすゞ製乗用車。ぜひそれを普段づかいしてみたいものだが、メンテナンスや部品供給の問題はどうなっているのだろうか?

オシャレなのはわかるが、今でもフツーに乗れるのか?

60年代から70年代付近に製造された国産旧車のデザインは、今現在の視点で見てもかなり洒落ているというか、「むしろ最近のよりオシャレなんじゃないですか?」と思うこともしばしばだ。そのなかでも「いすゞの旧車」は、デザインのレベルとして群を抜いているようにも思える。特に63~73年のベレットや68~81年の117クーペはその極北であろう。

「そんなステキないすゞ旧車を普段の足にしてみたい!」と思うのは、ある種の自動車好きにとっては必然とも言える欲求だ。しかし同時に当然ながら不安もある。「今でも普通に走れるのか?」「ていうか部品供給はまだ大丈夫なの?」と。いかにステキなデザインだったとしても、走れなかったり直せなかったり、あるいはその作業に多大すぎるコストや手間がかかるのであれば、決して金満コレクターではない一般人としては残念ながら敬遠せざるを得ない。

そのあたりは実際どうなっているのか? いすゞ旧車専門店として名高い東京都羽村市の「ISUZU SPORTS」に聞いてみた。

▲いすゞの旧車を中心にラインナップし、車検から各種メンテナンス、レストアなどの様々な要望に応えてくれる「ISUZU SPORTS」。取材当日も往年のいすゞ車愛好家が多数来店し、大いに賑わっていた ▲いすゞの旧車を中心にラインナップし、車検から各種メンテナンス、レストアなどの様々な要望に応えてくれる「ISUZU SPORTS」。取材当日も往年のいすゞ車愛好家が多数来店し、大いに賑わっていた

理想に燃える心とややユルい社風が(?)ステキなデザインを完成させた

「トラックやバスなどの製造が主流だったいすゞにとって、乗用車部門というのはあくまでも傍流でした。しかし傍流だったからこそ、デザインにこだわることができたのかもしれませんね」

「なぜ、いすゞ旧車のデザインはあんなにもステキだったのか?」という質問に対する、ISUZU SPORTS営業部・熊木諭巳さんの答えだ。ちなみにこの熊木さんは、青年時代からの圧倒的ないすゞ愛が高まりすぎて、思わずISUZU SPORTSに就職してしまったというディープな趣味人。いすゞ乗用車の素晴らしさについてであれば、おそらく三日三晩はぶっ続けで話してくれるだろう。

▲ISUZU SPORTS営業部の熊木諭巳さん。ご本人いわく「子供の頃からマイナー志向(笑)」で、20年以上前からいすゞ車ひと筋でやってきた ▲ISUZU SPORTS営業部の熊木諭巳さん。ご本人いわく「子供の頃からマイナー志向(笑)」で、20年以上前からいすゞ車ひと筋でやってきた


「当時の国産車というのは各メーカーがアメリカ車や欧州車などをお手本に作っていたわけですが、なかでもいすゞはスタートとして英国ルーツ社のヒルマンミンクスをノックダウン生産することで学びました。ベレットも、ヒルマンの経験とオースチンヒーレーなどのスポーツマインドを盛り込んだ、まさに英国車をお手本とした車です」

――そんななかでもいすゞのデザインが(筆者が思うに)群を抜いていた理由は?

「個性をもって良しとする少品種精鋭生産ができるメーカーだったから……ではないでしょうか。販売チャネルは他社のように複数持てなかったものの、もともと格式があり、老舗メーカーとして誇り高いいすゞが目指したのは、トヨタや日産とは違った良さだったのだと思います。

よくある話で、デザイン画やショーモデル段階では理想的でステキなデザインだったとしても、いざ生産検討の段階で、製造効率などの都合からピラーやモールなどをマスプロ車と共用にして、最初のデザインから離れた別の車になってしまうこともありますよね? その点、いすゞは現場の熱意を押し通せるだけの上層部の理解というか、良い意味でのユルさがあったのかもしれません」

――なるほど。

「だから、他社では却下されてしまうような理想的デザインや世界基準の技術を、生産車両にも忠実に盛り込むことができた。もちろん各社が『高性能車を先んじて出せ!』というシンプルな理想に燃えた時代だったからこそ、自社独自のセンスや技術もふんだんに投入されてたわけですが。

数年おきに新型を生み出し続ける体力も予算もない代わりに、意欲的で情熱を帯びた少品種を大切に育て続けたいすゞだからこそ、2017年の今でも多くの人に愛され続けるハイクオリティなビジュアルが、生産車でありながら生まれたのだと思います」

▲何ともセクシー、3台並んだいすゞ117クーペのヒップライン。ピニンファリーナも真っ青といった感じか ▲何ともセクシーな、3台並んだいすゞ117クーペのヒップライン。ピニンファリーナも真っ青といった感じか
▲こちらはベレットのGTおよびGTR。造形センスもオーラも、同時代の英国車にまったく負けていない ▲こちらはベレットのGTおよびGTR。造形センスもオーラも、同時代の英国車にまったく負けていない

今乗りたい昭和系いすゞ旧車一覧!

――うむう、なるほど……。メンテナンスや部品供給の問題については後ほどお尋ねしますが、まずは筆者のような門外漢、つまり「いすゞの旧車ってカッコいいと思うけど、詳しいことを知ってるわけではない」という人間に対し、基本的なことを教えてください。今買えるいすゞ旧車にはどんな車種があって、それらはどんなキャラクターを持っているのでしょうか?

「スポーティな車に乗りたいのであれば、やはり60年代から70年代にかけてのベレットGT、通称ベレGでしょう。日本車としては初めてGT(グランツーリスモ)を名乗った車で、その小気味良く正確なハンドリングは今なお非常に魅力的です。

1.6LのOHVエンジンを搭載する前期型は、内装の細かな部分まですべて『英国車そのもの』といった作りで、目でも大いに楽しめる車です。ただし残念ながら流通量は希少です。1.8L SOHCとなった後期型は、内装デザインなどが若干変わったため英国車風味は少々薄れましたが、比較的探しやすく、買いやすい選択ではあると思います。最上位モデルであるGTR(GT typeR)も非常に高い人気を誇っていますね」

▲71年式いすゞ ベレット1600GTR、398万円。エンジン&クラッチオーバーホール、および内外装とエンジンルームも美しくレストア済み ▲71年式いすゞ ベレット1600GTR、398万円。エンジン&クラッチオーバーホール、および内外装とエンジンルームも美しくレストア済み


――筆者が子供だった頃、大人たちが憧れまくっていた117クーペは?

「117クーペは『快適に乗れるラグジュアリーカー』といったポジショニングですね。和製フィアット/フェラーリといっても良いかもしれません。トヨタ 2000GTを除けば初めての、マスプロ物とは次元が違う、欧州スーパーカー並みの色香とクオリティを持つ国産車だったのです。有名な逸話ですが、カタログ撮影のためイタリアに117クーペを持ち込んだら、現地の人から『売ってくれ!』とせがまれたそうです(笑)。俗に『ハンドメイド』と呼ばれる初期モデルはかなり希少ですが、中期以降のモデルであれば、内容によっては比較的探しやすい状況です」

▲78年式いすゞ 117クーペ、178.9万円。走行6.7万kmの屋内保管車で、前オーナーは若き女性とのこと。以来屋内で保管され、ISUZU SPORTSが面倒を見続けたツーオーナー車両だ ▲78年式いすゞ 117クーペ、178.9万円。走行6.7万kmの屋内保管車で、前オーナーは若き女性とのこと。以来屋内で保管され、ISUZU SPORTSが面倒を見続けたツーオーナー車両だ

――70年代半ばから登場したジェミニはどんな車なんでしょう?

「ジェミニは、117クーペではなくベレットの方の系譜に連なる車、つまりファミリーセダンベースのコンパクトスポーツと呼んでいいでしょう。ただしベレットは英国車を規範としたのに対し、ジェミニはいすゞが提携していたGMのオペル カデットをベースに開発された車ですから、非常にドイツ車的です。ドイツ風のカチッとした感じを好む人にハマる車でしょう。

79年に追加されたホットモデル『ZZ』も、運転そのものを楽しめる1台ですよ。またこの次の世代にあたるJT型FFジェミニも基本路線は大きく変わらず、端正なセダン基調の優れたパッケージを持つ名車ですね。ZZ譲りのスポーツ路線、イルムシャーやロータスといったホットモデルも元気があって良い車です」

――で、その後に登場したのが面白いフォルムの……

「ピアッツァですね。81年から93年まで販売されたクーペです。ジェミニベースの近未来コンセプトカーですが、例の不可能を可能にする努力でもって、117クーペの後継モデルとして世に送り出されたものです。結果としてですが、スポーツ性よりはラグジュアリーGTとしての資質に優れた車ですね。万人受けはしませんでしたが、量産車としては、当時のジウジアーロ流近未来デザインの究極形といっても過言ではないかな? 内外装のすべてにわたるこだわりは、いすゞならではの徹底レベルです」

▲こちらは84年式いすゞ ジェミニ 1800 ZZR、88.9万円。前期の丸目グリルにコンバートされた希少物件 ▲こちらは84年式いすゞ ジェミニ 1800 ZZR、88.9万円。前期の丸目グリルにコンバートされた希少物件
希少なMTの89年式いすゞ ピアッツァ。残念ながらすでに売約済みとのことだが、かなり手が加えられた車両だ ▲希少なMTの89年式いすゞ ピアッツァ。残念ながらすでに売約済みとのことだが、かなり手が加えられた車両だ

部品供給は大きな問題はなし。整備はその工場次第?

――各モデルのざっくりとしたキャラクターはわかりました。で、ここからがある意味本題なんですが、そういったステキないすゞ旧車って、今の時代でもフツーに乗れるものなんでしょうか? つまりメンテナンスがやたらと大変だったり、部品供給がそろそろヤバかったりはしないのですか?

「まず純正部品の供給ですが、これが意外なほど大丈夫なんです。もちろん製造中止となった部品もありますので、何でも揃うわけではありません。しかしブレーキ関係もなんとかなっていますよ。製造中止になってしまった部品に関しては、様々な手段を駆使して何とかしています。企業秘密もありますのでここですべてお話しするわけにはいきませんが(笑)、結論として『当社で購入されたお客様はどうぞご安心ください』といったところでしょうか。

そしてメンテナンスについてですが、『個体選び』を間違えず、『それを扱う販売店や工場の姿勢やメンテナンス能力』次第で、フツーに乗ることも十分可能かと思います。

私特有のたとえになるかもしれませんが、中古車、特に20年落ち以上の車両というのは、人間の身体と同じような感覚で考えるとわかりやすいかなと思います。そして車のメンテナンス職人たちは、人間の医療で言うお医者さんに相当します。

人が年老いてくると身体の節々が痛んだり、たまの運動で怪我をしたり、病気にかかったりするように、車も車齢ゆえの問題(経年劣化)は当然発生します。さらに人間の場合、老化に輪をかけて不摂生をしたり、いわゆるヤブ医者にかかってしまうと、長生きは難しいでしょう。それと同様に車も、不摂生(日々のメンテナンス不足)やヤブ医者治療(誤った整備、基本を忘れた修理、車を傷める改造など)が行われてしまうと、本来は長持ちするものも長持ちできなくなります。

しかし逆に、適切なケアやトレーニングを欠かさないことで、若い人に負けずガンガン元気に動けている御仁もたくさんいらっしゃいます。車も同じです。適切なタイミングで適切なメンテナンスを施してあげれば、いつまでも元気で動いてくれる相棒になるものなんです」

▲適度に手入れされたOHVエンジンにソレックスキャブレターが奢られている。10数年前にレストア整備された後は、軽度のメンテナンスで問題なく使えているという。最初が肝心ということだ ▲適度に手入れされたOHVエンジンにソレックスキャブレターが奢られている。10数年前にレストア整備された後は、軽度のメンテナンスで問題なく使えているという。最初が肝心ということだ

徹底的に直せば数年間は普通に足として使えるはず

――具体的には、ISUZU SPORTSで完全整備済みのいすゞ旧車を買ったら、その後のメンテナンス状況はどんな具合になりますか?

「車というのは1台ごとにコンディションも使われ方も異なりますので『絶対にこう!』とは言えませんが、良くあるケースとして、申し上げますね。

当社でも、販売時に万全と思われる点検整備を施して納車させていただいた後だとしても、いくばくかのトラブルが発生することは正直ございます。テキトーな整備ならば当たり前かもしれませんが、フルレストアされた場合でも、起こりうるのです。

お渡しする際に問題なくても、しばらくしてから表面化することも場合によってはあります。その期間は納車から数ヵ月、半年以内に発生するケースが多いのですが、ほとんどはマイナートラブルとして多発はしないものです。適切な対処を施せば、私の言い方ですが『安定期』に移行します」

――安定期?

「はい。安定期になると隠れた問題が出尽くした状態となり、ビックリするような問題は起こらなくなります。もちろん、使い続ければエンジンやミッションの摩耗、ボディの劣化などは徐々に進行することになりますが、適切な維持を心がければ、急に問題が起こるということは希になりますね。良い状態をキープしながら楽しむという、楽しい時間が訪れるわけです。

2年ごとの車検時に各必要なメンテナンスを行うとして、日常はエンジンオイルの交換など、普通の車と同じような対応で済ませられることも多いのです。エンジンオイルはキャブ車なら3000kmごと、インジェクション車は4000~5000kmごとの交換を推奨しています。オイルも当時の技術規格に合わせた、適切なものを使ってください。高ければ良いというわけではありません。

その他、乗り味や加速、メーターの動きなどの『いつもの正常な状態』を体に覚えさせることが重要です。『いつもと違う』と異変を感じることができれば、適切なタイミングで修理や故障予防ができるのです。慣れてくれば“年単位”でごく普通に足としてお使いいただくことも不可能ではありません。ただし、足として使えば各部の消耗は速くなるので、よりマメにお手入れしてほしいですね。

いずれにせよ車と上手にお付き合いしていただければ、車検2回分程度の年月は余裕で、楽しく、過ごせるはずです。もちろん、あくまでも“お客様が愛している車で、なおかつ弊社で販売とメンテナンスをさせていただいた車両の場合”ですが」

▲写真は前期型ベレットGTのステアリングホイール。何とも美しいたたずまい…… ▲写真は前期型ベレットGTのステアリングホイール。何とも美しいたたずまい……

……以上、熊木さんにいすゞ車についてお話を伺ってきた。ISUZU SPORTSの販売車両は、価格相応にメンテナンスを施してある車両が多いため、決していわゆる“激安”ではない。また購入後のメンテナンスも、現代の「ボンネットを開けるのは車検のときだけ」みたいな車と比べるなら、はるかに面倒くさい部分はある。それでも、誠実な職人のメンテナンスが行き届いた車を手に入れられるのであれば、結果として安い買い物なのではないかとも思う。

もちろん興味のない方にとっては興味ゼロな世界だろうが、「旧車を普段づかいする」という行為に多少なりとも興味をお持ちのそこのあなたは、果たしてどう思っただろうか?

text/伊達軍曹
photo/篠原晃一