メルセデス・ベンツ W123

【連載:どんなクルマと、どんな時間を。】
車の数だけ存在する「車を囲むオーナーのドラマ」を紹介するインタビュー連載。あなたは、どんなクルマと、どんな時間を?

レトロフューチャーな飲食店を営む

職業は飲食店の経営者。といっても、いわゆる普通の飲食店ではなく、かなりヒネリが利いている。

廃業した「純喫茶」の店舗を居抜きで借り、雰囲気を変えないまま改装した『不純喫茶ドープ』や、同じく廃業した70年前の銭湯を改装し、居酒屋として復活させた『不健康ランド 背徳の美味』などが、井川裕介さんが経営している店舗群だ。

とはいえ、それらは「ヒネリのためのヒネリ」ではない。

「もちろん『SNSなどで話題になるためのフック』みたいな部分は意識してます。でもそれ以上に、ただ単純に1980年代や1990年代、つまり自分が思春期だった頃のモノやカルチャーが好きなんですよね」

「そして自分の性分として『もともとそこにあったものを生かしたい』というのがあるため、気がついたら、昔の純喫茶や銭湯を改装していたという(笑)。それだけのことなんです」

そして車も、1980年代から90年代あたりのモデルが好きだ。

メルセデス・ベンツ W123

求めるのは過不足のない機能

決してネオクラシックカーのマニアではなく、「むしろ車の走りとかメカニズムのことはよくわかってません」と言う井川さんではある。

だが、当時の車のカタチとたたずまいが好きなのと同時に「車の機能って、よく考えたらあのぐらいでぜんぜん十分だったんじゃないですか?」とも思うため、選ぶ車も自然と1980年代から90年代にかけてのものになる。

人生初の自家用車こそ「本当は1990年代初期のモデルが欲しかったのですが、初めての車ということでひよってしまい(笑)」、当時はまだ比較的新しかった先代のスズキ ジムニーを購入した。

けれどもその後は1983年に発表された2代目ジープ チェロキー、そして1970年代から基本的な構造とフォルムを変えずに生産され続けたボルボ 240エステートに乗った。

「で、ボルボ240エステートはエアコンがあんまり利かなかったのですが、自分ひとりだったら、暑くてもまぁなんとかなります。しかしその頃、ちょうど子供が生まれまして……」

メルセデス・ベンツ W123

自分のことはさておき、現在は1歳になっている息子氏のために「エアコンが利く車」に乗り替えなくてはならなくなった。

そこで目をつけたのが、この1988年式メルセデス・ベンツ 230Eだった。「W123」という型式名で知られている四角いセダンだ。

「もちろん『エアコンが利くから』という理由だけで選んだわけではなく(笑)、240エステートを買ったときにも迷ったぐらい、このカタチやたたずまいが好きだったわけですが」

メルセデス・ベンツ W123

相変わらず車のマニアではないため、細かなメカニズムについて詳しいわけではない。だが半年前に購入して以来、大きな故障はまったくなく、たまに起こるちょっとした電気系統のマイナートラブルも、購入した専門店に電話すれば対処法を教えてもらえる。

そのため非マニアである井川さんも、この比較的マニアックで80’sなセダンに大過なく、楽しく、乗ることができている。

メルセデス・ベンツ W123

インプットしない時間を大切に

日常的な移動は自転車で済ますことが多いという井川さんがW123を稼働させるのは、当然ながら家族を乗せて買い物などへ行く際に加え、「事業のアイデアを練りたいとき」だ。

「仕事に関するアイデアが生まれるときって、自分の場合は『机に向かって集中しているとき』じゃないんですよ。もっとこう『いろいろなものを手放しているとき』に、アイデアは生まれがちなんです」

「例えば銭湯に入っているときとかね。自宅の風呂だと、その気になればテレビもスマホも持ち込めますが、銭湯だとそうはいきません。銭湯ではいろいろな物や事を手放さざるを得ないというか、他にやれることがない(笑)。でもそんな環境にあるときこそ、良い意味でラフな思考が回るんです」

そして車を運転しているときも、それに近い状態になるのだという。

「普通にしていると、どうしたって“スマホ”がもたらす情報が錯綜している中で生活せざるを得ません。でも、運転中ってスマホ見れないじゃないですか? ていうか、見ちゃいけないし」

スマートフォンというものから、つまり「情報」から強制的に遮断されることで、抽象的でラフな思考が回りはじめる。そしてそのラフな思考が、また新しい具体的なビジネスとして結実する。そんなサイクルを生み出すためのツールのひとつが、井川裕介さんにとっては「銭湯」だったり、「ちょっと昔の車を運転すること」だったりするのだ。

メルセデス・ベンツ W123

「まぁそこについては必ずしも古い車である必要はなく、新しい車でもいいのだと思います。でも、少なくとも自分は、車の機能って“このぐらい”で十分だと思ってるんですよ」

「白T(編註:白いTシャツ)は、より新しくてより清潔な方が断然いいと思いますが(笑)、車は……そこまで“最新”である必要って、実はあんまりないんじゃないですかね?」

おそらくはおろしたてに近いはずの清潔な白Tを着た井川さんは、良い意味でラフなヴァイブスを放つ1980年代のメルセデスを眺めながら、そうつぶやいた。

文/伊達軍曹、写真/小林司

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井川さんのマイカーレビュー

メルセデス・ベンツ W123


●購入金額/250万円
●走行距離/15万km
●マイカーの好きなところ/過不足ない機能性
●マイカーの愛すべきダメなところ/坂道でトロトロ走る
●マイカーはどんな人にオススメしたい?/シンプルなモノが好きな人

伊達軍曹

自動車ライター

伊達軍曹

外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ネタ」を得意としながらも、ジャンルや車種を問わず、様々な自動車メディアに記事を寄稿している。愛車はスバル レヴォーグ STIスポーツ。