アストンマーティン DB12▲ブランドの中核モデルとなるDBシリーズの最新モデル。アストンマーティンが「ハイパフォーマンスとウルトララグジュアリーという絶対的な価値観を提供する」とうたう、V8ツインターボを搭載した「スーパーGT」だ

その走りにはDB11の“残り香”すらない

2023年はアストンマーティンブランドが誕生して110周年であるばかりか、歴史的にみてブランドの中核を担ってきたシリーズ「DB」の誕生75周年でもある。そんな節目を自ら祝うかのようにデビューしたのがスーパーGT、DB12だ。

DBシリーズとは戦後に登場した豪華な高性能GTモデルである。DBはアストンマーティンと、W.O.ベントレーを擁するラゴンダを立て続けに買収したデイビッド・ブラウンの頭文字であり、彼こそがベントレーの関わった6気筒エンジンをアストンマーティンの新型車に載せることを思いつき、現代に至るブランドイメージの礎を築いた人物だった。

DBシリーズそのものは、DB6の生産終了をもって1970年代にいったん途切れている。デイビッド・ブラウンが経営から手を引いたからだ。再びDBシリーズが登場するのは1990年代に入ってからのこと。当時のアストンマーティンはフォード傘下となっており、DB7、そして2000年にはDB7ヴァンテージ、さらに2004年にはDB9を発表する。その後も会社のオーナーは変わり続け、現在ではF1チームオーナーでもあるカナダの実業家ローレンス・ストロールを筆頭にサウジアラビアや中国ジーリー社が大株主となっている。

ともかく、DBシリーズがブランドの大黒柱であることは最新ラインナップをみれば一目瞭然で、人気のスーパーSUVはDBXと名乗るし、伝統的な2ドアGTモデルとしてDB11やDBSがそのイメージを決定づけているのだった。

5月末、モナコ近郊で発表された新型モデルDB12は、その名が表すとおりDB11の後継モデルである。アストンマーティンは、新たにこのカテゴリーを「スーパーGT」と位置付けて開発を行った。単なるGTではない。スポーツカーのパフォーマンスも存分に味わえるGTである。

ご覧のとおりそのフォルムはDB11とそっくりだ。特にリアからの眺めはほとんど変わらない。そういう意味ではビッグマイナーチェンジであろう。とはいえ、アストンマーティンによると、全体の80%程度がDB11とは互換性のない新設計であるらしい。

なるほどルーフラインやリアセクションこそ同じだが、フロントマスクはライト類も含めていっそうアグレッシブになり、インテリアに至ってはDB11の面影などみじんもない。もちろん、メルセデスAMG製パワートレインは大幅にパワーアップされ、ボディ&シャシーも鍛え抜かれたうえ、最新の制御テクノロジーも(今度こそ)惜しみなく注がれた。内容を見れば、ほぼフルモデルチェンジだと思って差し支えないだろう。

何より実際に乗ってみれば、DB11の残り香すら嗅ぐことはなかった。あまりの変貌ぶりに、南仏での試乗を終えて帰国、そのままアストンマーティン東京に向かいDB11をもう一度試してみたほどだ。
 

アストンマーティン DB12▲E-Diff(トラクション配分用電子ディファレンシャル)がDBシリーズで初めて採用された。足回りには新世代アクティブダンパーを装着
アストンマーティン DB12▲21インチ鍛造アロイホイールを標準装備。タイヤは専用のミシュラン パイロットスポーツ 5Sを装着する

走り出した瞬間に“違い”を感じた。しなやかに転がり始めたからだ。DB11にはもう少し突っ張ったところがあった。新型にはそれがない。新しいダンピングシステムが功を奏している。

新たに採用した電動パワーステアリングの恩恵も大きい。ステアリングフィールにはまるで引っ掛かりがなく、とてもスムーズ。そのうえ、静粛性も高いとなれば乗り心地がよくなったと感じて当然というものだ。

相変わらずミラーから見えるリアフェンダーが勇ましい。ミラーそのもののデザインもかっこいい。ウルトラモダンになったインテリアを眺めつつ、そんな発見を繰り返していくうちに、どんどんDB12に引き込まれている自分がいた。

空いたワインディングロードに差し掛かる。ドライブモードをスポーツ+にして一気に駆け抜ける。ステアリングは素晴らしくクイックで、しかも驚くほど曲がっていく。DB11であればアクセルを戻して修正するようなタイミングのもう一歩奥まで切ったままでいい。そうなるとドライバーの感覚としては、車が勝手に曲がっていくようにさえ感じる。それゆえノーズは小さく感じられ、すべてがドライバーの手のうちにあるように思える。さらには、出口を向いてからの加速も別のエンジンかと思うほどに鋭いとなれば、もはやDB11とは別物、まさにスーパーGTだ。

加速中の、そしてアクセルオフ時のサウンドは、従来に比べて野卑たところがなく、それでいてトーンには力強さと官能性も感じられて車好きの心を揺さぶる。隣に同業者を乗せていなければ、ずっとしゃかりきになってそのスポーツカー性能を楽しんだことだろう。
 

アストンマーティン DB12▲インテリアはデザインを一新。ショルダーラインの下にまで達するセンターコンソールが特徴的だ。初の自社開発となるインフォテインメントシステムが備わる
アストンマーティン DB12▲シフトセレクターは特徴的なボタン式からスイッチ式へと変更された

もっとも、一通りその高いパフォーマンスを味わってしまうと、心とドライブのモードをGTに戻して、ゆったりまったりとしたクルージングを楽しみたいという気分にさせるあたりもまた、英国の老舗ブランドの作るGTの懐深さというべきだ。金持ち喧嘩せず、といった気分になる。金持ちではないけれど。

V8ツインターボエンジンは、すでにV12ツインターボのスペックを上回ってなおかつ効率的である。それゆえ、アストンマーティンは潔く12気筒を諦めることができた。なるほどアストンマーティンのGT史をひもとけば、12より8、8より6がお似合いで、効率性と高性能化を求めつつ先祖返りも悪くないと思わせる。けれどもエンジンそのものの官能性という点で、力とは関係のない味わいが12気筒にあったことは確か。そこを失ったことだけが少し残念ではあった。中古でお買い得なDB9あたりを狙いたい気分にもなるというものだ。
 

アストンマーティン DB12▲4L V8ツインターボは大径ターボチャージャーの採用や圧縮比の最適化、冷却性能の強化などにより出力を向上させている
アストンマーティン DB12▲ヘッドライトには新デザインのデイタイム・ランニングライトが備わる
アストンマーティン DB12▲レザーやアルカンターラを用いたラグジュアリーな仕立てのインテリア。キルティングパターンも新しくなっている
アストンマーティン DB12▲トランスアクスルレイアウトのため、+2の後席はタイト
文/西川淳 写真/アストンマーティン

自動車評論家

西川淳

大学で機械工学を学んだ後、リクルートに入社。カーセンサー関東版副編集長を経てフリーランスへ。現在は京都を本拠に、車趣味を追求し続ける自動車評論家。カーセンサーEDGEにも多くの寄稿がある。

V12エンジンを搭載したDBシリーズ、アストンマーティン DB9の中古車市場は?

アストンマーティン DB9

DB7の後継モデルとして2003年に発表された2+2シーターのラグジュアリーGT。2004年の販売開始時に最高出力450psだった5.9L V12エンジンは、2012年のパリサロンに登場したマイナーチェンジモデルで517psに向上した。

2023年7月後半時点で、中古車市場にはおよそ20台が流通しており、その平均中古車価格は約900万円。13年の長きにわたり販売されていたモデルだけに、価格帯も500万~1700万円と幅広い。加えて、カスタムされていない個体が多いのも特徴だ。
 

▼検索条件

アストンマーティン DB9× 全国
文/編集部、写真/アストンマーティン